旅ログ

ベルリンで外せない場所へ

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ご存知の通り、

ドイツは第二次世界大戦後東(旧ソ連率いる共産主義)と西(自由主義)に分断されていました。

首都ベルリンは東ドイツに属していたのですが、

1961年のある日、

 

一夜にして壁(当初は有刺鉄線)が築かれて

ベルリンも東ベルリンと西ベルリンに分断されてしまいました。

 

私、ベルリンの壁って

東ドイツと西ドイツの境界にあるものだとばっかり思ってたんだけど

そうじゃなくて、

 

東ドイツの中のベルリンを二つに分ける壁

 

だったんですね。

(無知っておそろしい。)

 

いま居候させてもらっている日本人の友人、

通称「にいさん」は、私の学生時代からのお友達なのですが

彼は幼少期をドイツで過ごしていたということで

なんと「ベルリンの壁崩壊の日」に立ち会っていたらしい。

さらに、にいさんはお医者さんなので

ドイツの医療や暮らし、歴史などにも詳しくて

毎晩、T&Iはいろいろな話を聞いては感銘をうけています・・。

 

にいさんに、

 

「ベルリンに来て壁を見ないのはちょっとねぇ」

 

といわれ、二人は雪の降る中、ベルリンの壁を見に行きました。

 

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駅から出ると、もう、すぐのところに壁!!

ずらーーーーって続いています。

これは崩壊後も保存されている壁で、全長1.3キロにも及ぶらしい。

イーストギャラリーと称され、

壁には「ベルリンの壁崩壊」からインスピレーションを受けたアートが描かれています。

 

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日本をテーマにしたものも。

 

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ホーネッカーとブレジネフのキス。有名。

 

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ドイツ、イスラエル。

 

 

 

壁は二重になっていて、壁と壁の間には番犬が放されていたり

電流が流れていたり地雷が埋められていたりして

東から西へ亡命しようとする人を意地でも阻止しようとしていたらしい。

でも、たまたまその日東に出かけていて帰ってこられなくなった人もいるんだって・・・

約三十年も。

 

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ベルリンの壁は

思ったよりずいぶん低かった。

一枚一枚は、厚みもなくて

ただのコンクリートの壁。

 

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手を伸ばせば届きそうで

ひょいって飛び越えられそうな壁。

 

どのくらいの人がこの壁に苦しめられて、

どんな思いでこの壁を見つめたんだろう。

 

壁が崩れたとき、東から人が殺到して、

電車からははみ出すほどの人が乗っていたんだよって、

にいさんが言ってた。

やっと、<向こう側>にいける日がきたんだもんね。

1989年、ドイツが統一されて

未来の幸せ、平和を願う人がきっとベルリンにあふれていたんだろうな。

 

 

でも。

いま、壁には、ピースフルとは思えないような落書きがあふれていました。

日本の壁にも、中国語で悲しいことが書かれていた。

平和でいたいという思いはみんな同じはず。

それを願うことも当然です。

 

でも、歴史を乗り越えること、人と人が許しあうこと、わかりあうこと、

簡単なことじゃないんだなって、改めて思いました。

 

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ちなみに東西の境目だった地区、フリードリッヒには、

そんな東西分断時代の暮らしがわかったり、壁が崩壊したときの様子を動画で見たりできるミュージアムがあります。

 

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展示方法もかなりユニークで、無料なのにハイクオリティ。

にいさんのすすめで、三人で行ってきました。

 

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壁を一時的に通過する際の検問所を再現したコーナー。

 

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東西のドイツで、同じニュースがどのように異なって報道されたかを知るDVD。

 

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旧東ドイツで使われていた雑貨。

 

こういうミュージアムが町のいたるところにあって。

ベルリンの人々、観光客にも、ドイツの歴史を忘れないように身近に学べるようにって

さりげなくチャンスをあたえてくれているみたいな・・

勉強になるベルリン滞在です。

 

(I)

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